福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)159号 判決 1964年2月10日
控訴人 株式会社旭相互銀行 外二名
被控訴人 谷脇信義
主文
控訴人株式会社旭相互銀行、同遠山忠の本件各控訴を棄却する。
控訴人遠山恵作に対する原判決を取消す。
被控訴人の右控訴人に対する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人株式会社旭相互銀行同遠山忠の関係において生じた部分は右控訴人等の負担とし、控訴人遠山恵作の関係において生じた部分は被控訴人の負担とする。
事実
控訴銀行の訴訟代理人並に控訴人遠山忠、同遠山恵作の訴訟代理人は、いずれも「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件各控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、
控訴銀行代理人において、
一、控訴銀行は大平殖産無尽株式会社(以下、大平無尽と略称する)から営業譲渡を受けるに当つて、被控訴人に対し相互銀行法第一六条第一項による催告をしていないことは認める。
二、しかし、本件貸金について時効中断の効力を生じたとする被控訴人の主張はこれを否認する。すなわち、
(イ) 被控訴人が毎日殖産無尽株式会社(以下、毎日無尽と略称する)及びその訴訟承継人大平無尽を相手取つてなした本件貸金の請求訴訟中、控訴銀行は大平無尽の訴訟承継人とならなかつたので該訴訟の確定判決の既判力が控訴銀行に及ぶ筈がない。従つて被控訴人が本件貸金につき前記訴訟を提起したからといつて、右訴訟の当事者でない控訴銀行に対し、本件貸金につき消滅時効中断の効力が生ずるいわれはない。
(ロ) また前記訴訟の確定判決後被控訴人が控訴銀行に対し本件貸金の支払催告をなしたとしても、被控訴人において法定の期間内に控訴銀行を相手取り本件貸金につき裁判上の請求をしていないので、右催告によつて消滅時効中断の効力は生じない。
と述べた。立証<省略>
被控訴代理人において、本件貸金は未だ消滅時効が完成していない。すなわち、
一、控訴銀行は昭和二八年九月四日大平無尽より同会社の営業全部を譲受けたのであるが、営業譲渡は譲渡人の債務に関する限り、譲渡人と譲受人間の債務引受の約定であつて、この債務引受につき債権者の承諾がない限り、その債権者に対し債務引受の効力が生じないのである。控訴銀行は大平無尽の営業全部を譲受けるに当つて、商法第二八条による債務引受の広告をしていないし、被控訴人も右営業譲渡の事実を知らなかつた。およそ、消滅時効期間の起算点は権利者が権利を知つてこれを行使し得るときであるところ、被控訴人は昭和三三年七月頃漸く控訴銀行が大平無尽の営業全部を譲受けたことを知つたので、同月一四日控訴銀行に対し、本件貸金の支払催告をなしたのであるが、右催告は控訴銀行の本件債務引受を被控訴人において承諾したことになる。従つて控訴銀行に対する本件貸金の消滅時効は被控訴人において控訴銀行の債務引受を承諾した日、すなわち昭和三三年七月一四日より起算し、満五年の経過によつて完成すべき筈のところ、被控訴人は右期間内に控訴銀行を相手取り本件訴訟を提起したので消滅時効は未だ完成されていない。
二、仮に前記支払催告が控訴銀行の債務引受に対する承諾の効力がないとすれば、被控訴人は本訴において、右承諾の意思表示をなすものである。
三、仮に前記各主張が容れられないとしても、控訴銀行は大平無尽から営業全部の譲受をなすに当つて、相互銀行法第一六条第一項に基き、知れたる債権者である被控訴人に営業譲渡に対する異議申立の有無につき催告をしていないので、被控訴人に対しては、右条項による営業譲渡承認の擬制的効力は生じない。従つて被控訴人が前記営業譲渡を承認したときから消滅時効期間が進行すべきで、これが起算点は前記のとおり昭和三三年七月一四日或は本訴において被控訴人が承認の意思表示をなしたとき(昭和三八年八月二九日)であるから満五年の消滅時効は未だ完成されていない
と述べ、立証として、当審における被控訴本人尋問の結果を援用し乙号各証の成立を認めたほか原判決事実摘示中本件当事者の関係部分の記載と同一であるので、これをここに引用する。
理由
一、控訴銀行に対する請求について。
原審における控訴人遠山忠の本人尋問の結果により成立を認め得る甲第一号証、成立に争のない甲第八、九号証、同第一〇号証の一、二、同第一一、一二号証に、原審並びに当審における控訴人遠山忠及び被控訴本人の各尋問の結果を綜合すると、被控訴人は昭和二五年六月頃から同年八月上旬頃までの間三回に亘り毎日無尽に、その営業資金として合計金四〇万円を貸与し、同年八月五日右貸付金を被控訴人主張の如き準消費貸借に改めたところ、毎日無尽が右元利金を返済しないので、被控訴人が昭和二六年一月三十日同会社を相手取り、熊本地方裁判所に右貸金に他の貸金を加え合計六〇万円及びこれに対する遅延損害金の請求訴訟を提起した。ところで毎日無尽は後に示す如く大平無尽に合併せられたので、爾後被控訴人は大平無尽を訴訟承継人として右訴訟を遂行し、昭和二九年七月九日被控訴人勝訴の判決を受けたところ、大平無尽が控訴し、被控訴人は昭和三一年五月八日福岡高等裁判所より、前記四〇万円の貸金のみ認容し、他の貸金請求部分を排斥する旨の一部勝訴の判決を受けた。そこで当事者双方より上告を提起したところ、昭和三三年三月六日上告棄却の判決を受け、前記控訴審の判決が確定するに至つたことが認められ、他に右認定を覆す証拠はない。
大平無尽は昭和二六年五月二四日毎日無尽と訴外有明殖産無尽株式会社とが合併して設立せられた会社であること、大平無尽が昭和二八年九月四日その営業全部を大蔵大臣の認可を経て控訴銀行に譲渡したことはいずれも当事者間争がない。
控訴銀行は、本件貸金は商事債権であり、被控訴人が毎日無尽を相手取り前記訴訟を提起したとき毎日無尽(訴訟承継人大平無尽)に対する関係において本件貸金の消滅時効が中断するけれども、控訴銀行は右訴訟の当事者でなかつたので、控訴銀行に対する関係においては右訴訟の提起により消滅時効が中断するものでない。控訴銀行に対する関係においては前記営業譲渡の翌日たる昭和二八年九月五日より消滅時効の期間を起算すべきであり、右の日から五年を経過した後に本訴が提起せられたのであるから消滅時効は既に完成していると主張し、被控訴人は本件貸金は民事債権である。仮に然らずとするも、控訴銀行に対する本件貸金の消滅時効期間は被控訴人が営業譲渡による控訴銀行の本件貸金債務引受を承諾したとき、即ち被控訴人が昭和三三年七月一四日控訴銀行に対し本件貸金の支払催告をなした日から起算すべきである。而して被控訴人は右起算日より五年を経過しないうちに本訴を提起したので本件貸金の消滅時効は未だ完成していないと抗争するので、この点について判断する。
営業譲渡において、譲受人が譲渡人の商号を続用した場合及び譲受人が譲渡人の商号を続用しないで、営業譲受後譲渡人の債務を引受ける旨広告した場合以外は営業譲渡がなされたからといつて直ちに譲受人が譲渡人の債務につき、直接その債権者に対し支払債務を負担するものではない。営業譲受人が譲渡人の債務を引受けることを債権者において承諾したときに、譲受人と債権者との間に債務引受契約が成立し、従つて、このときから譲受人は債権者に対し引受債務を履行すべき義務を負担し、債権者は譲受人に対し債権を行使し得るのである。ところで債権の消滅時効期間は債権者がその債権を行使し得るときより開始するのであるから、結局営業譲受人に対する債権の消滅時効は、前記商号続用又は引受広告の場合は債権者がその事実を知つたときから、その他の場合は債権者において譲受人の債務引受を承諾したときから、いずれもそれまでに経過した時効期間を控除し、残存の時効期間が進行するものと解しなければならない。
そこで本件について見るに、控訴銀行が大平無尽の営業全部を譲受後譲渡人の商号を続用しなかつたことは明かであり、相互銀行法第一六条、同附則第六項の規定に徴し、控訴銀行が本件営業譲受当時その公告(商法第二八条の広告にあたるものと解する)をしたことは、これを推認し得られるけれども、成立に争のない甲第八、九号証、同第一〇号証の一、二、郵便官署の作成部分につき当事者間争がなく、その余の部分につき当審における被控訴本人尋問の結果により成立を認め得る甲第一五乃至第一八号証に、右尋問の結果を綜合すると、被控訴人は毎日無尽及びその訴訟承継人大平無尽を相手取つてなした前記訴訟中控訴銀行が大平無尽の営業全部を譲受けたことを知らず、(知らなかつたからこそ控訴銀行は右訴訟において、訴訟承継人となつていない)右訴訟について最高裁判所の判決がなされた後昭和三三年七月頃被控訴人の訴訟代理人の勧めで調査の結果、右営業譲渡の事実を知つたこと、そこで被控訴人は早速同月一四日控訴銀行に対し、本件貸金の支払催告をなしたことが認められ、右認定を覆す証拠はない。而して右支払催告は控訴銀行の本件貸金債務の引受を、被控訴人において、承諾する旨の意思表示を含むものと解することができるので、控訴銀行に対する本件貸金債権の消滅時効起算点(大平無尽との関係では前記貸金請求訴訟の係属により時効中断し、その判決確定まで時効期間の進行が停止されていた)は、右支払催告の日たる昭和三三年七月一四日又は早くとも前記大平無尽に対する判決が確定した同年三月六日であるということができる。而して本件貸金は商行為によつて生じた債権であることが明らかであるので、その消滅時効期間は五年であるところ、本件記録によると、被控訴人は昭和三五年八月二日本訴を提起しているので、この時に消滅時効は中断し本件貸金債権について、未だ消滅時効が完成していないといわなければならない。右と見解を異にする控訴銀行の前記時効の抗弁は採用できない。
二、控訴人遠山忠に対する請求について。
被控訴人の右控訴人に対する請求についての判断は原判決理由中「被告遠山忠に対する請求について」の項における記載と同一であるので、これをここに引用する。右認定に牴触する原審並びに当審における控訴人遠山忠の本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
三、控訴人遠山恵作に対する請求について。
被控訴人が昭和二五年六月頃から同年八月上旬頃までの間三回に亘り、毎日無尽の営業資金として同会社に貸与した合計金四〇万円の貸金について、同年八月五日同会社との間に被控訴人主張の如き準消費貸借を締結したことは前記一の控訴銀行に対する請求の頃において判断したとおりである。
被控訴人は控訴人遠山恵作が毎日無尽の前記準消費貸借上の債務につき、保証をなしたものであると主張するけれども、これに副うが如き甲第五号証の一、三は次の理由によつて右主張認定の資料となし難く、他に右主張を認る証拠はない。すなわち、甲第五号証の一、三の存在に、原審並びに当審における控訴人遠山恵作、同遠山忠の各本人尋問の結果及び当事者弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人忠は控訴人恵作の子であるが、予て控訴人恵作の後妻のことから同人と不仲となり、恵作とは別居し殆んど言葉も交さない状態であつた。控訴人忠が昭和二五年八月頃毎日無尽の宮原営業所長をしていた折、同会社の幹部から会社の営業資金調達の命を受け、且つその際同幹部から金借によつて控訴人忠等に迷惑をかけない旨明言されたので、同月五日控訴人恵作方家族の不在中に、箪笥の中から恵作の印鑑を無断持出し、保証書の保証人欄に、自己の氏名に加えて恵作の氏名を記入し、その名下に右印鑑を押捺して恵作名義の保証部分を偽造し(甲第五号証の一)、その後右印鑑を再び無断使用して恵作名義の印鑑証明書の交付を受け(甲第五号証の三)、これらの書類を被控訴人に差入れたものであることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はないので、甲第五号証の一、三の証拠を以て被控訴人の右主張認定の資料となし難いのである。
四、結局控訴銀行及び控訴人遠山忠は、被控訴人に対し各自金四〇万円及びこれに対する昭和二六年二月四日(被控訴人が毎日無尽を相手取り提起した前記訴訟の訴状送達の翌日であり、右は成立に争のない甲第八号証によりこれを認める。)以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、これと同旨の原判決は相当であり、右控訴人等の本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却する。被控訴人の控訴人遠山恵作に対する本訴請求は認容し難いので、これと結論を異にする同控訴人に対する原判決を取消し、被控訴人の同控訴人に対する請求を棄却する。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 岩永金次郎 厚地政信 原田一隆)